タイトル詐欺?

ついこないだ、ふーんと思って読んでた論文

Cued memory reactivation during sleep influences skill learning
Antony JW, Gobel EW, O'Hare JK, Reber PJ, Paller KA 2012 Nat Neurosci.

これが、Gigazineでレビューされてた。

眠っている間でも人の脳は学ぶことができるという研究結果が明らかに(Gigazine)

…なんで、そんなタイトルになるねん。

内容はいいのに。のに。

先の記事の前半は、論文の流れに沿って、丁寧にレビューされてる感じ。

後半には、この論文読んだ時に真っ先に思い出した論文
Odor cues during slow-wave sleep prompt declarative memory consolidation
Rasch B, Büchel C, Gais S, Born J. 2007 Science
の事とおもわれる話も書いてあったりして*1、ポイントをちゃんと抑えてると思う。

最後の方の、勉強するときに云々、ってのは、よくやるオマケというか、希望的観測というか。
この方向で研究進めたら、こんな良いことできるようになるかも、って夢の部分で、これも良い。
これだけがひとり歩きすると、ちょっと困るけど。

つまり、内容はちゃんとしてんだ。
だから余計に、なぜそのタイトルなんだ、って言いたくなる。

じゃ、正しいタイトルは?

実は、一段落目にちゃんと書いてある。

「睡眠中に情報と関連した音を聞くことは記憶の定着を強化させる」という研究結果が明らかになりました

http://gigazine.net/news/20120706-sleeping-study/

これの方が
「眠っている間でも人の脳は学ぶことができるという研究結果が明らかに」
よりずっといい。

そもそも、学ぶ、というと新しい事を覚える、っぽく聞こえるが
ここで扱ってるのは、記憶の「定着」であって、新しい記憶の「獲得」じゃない。

ホントに大事なポイントは、音を聴かせることでreactivationが起きて、それがスコアの伸びと相関する、って点なんだけど。
(あと、reactivationがsleep spindleって皮質で見られるパターンって点もかな。)
さすがに、もとの論文はreactivationとlearningを強調して、
Cued memory reactivation during sleep influences skill learningってタイトルになってる。

バラの香りはもっとひどい

先にちょろっと触れたバラの香りの話。
Odor cues during slow-wave sleep prompt declarative memory consolidation
Rasch B, Büchel C, Gais S, Born J. 2007 Science

これも、探してみると結構いろんな所でレビューされてるっぽい。
たとえば バラの香りで記憶力が向上?(All About) とか。

で、かなりの確率で、「バラの香りが記憶力をアップ」とかタイトルついてる。

有象無象のブログの中には、勘違いしちゃってるのもあるんだろうけど
先に挙げたAll Aboutだと、結構丁寧に論文の内容を説明してる。
尤も、大事なポイントである海馬のreactivationについては完全にスキップしてますが。

しかも、バラの香りが記憶に効く魔法のクスリ、とか思ってない証拠に

記憶というものは、単純な文字や数字の羅列だけではなく、何らかの付加情報と合わせることによって高まるということです。

http://allabout.co.jp/gm/gc/292991/

と述べてらっしゃる。
なら、なぜ「バラの香りで記憶力が向上?」というミスリーディングなタイトルにしたのだろう?
デスクがアホだったんだろうか…ありえそう。

この話がどういう経路で広がって、どういう風に歪んでいったかは知らないけど、
匂いが海馬のreactivationを促進して記憶の定着がすすむ、という主張を外れて
バラの香り→記憶力アップ、みたいに勘違いてるっぽいエントリもちらほらと。


一応、フェアの為に書いておくと、この論文では、匂いとしてバラの香りしか使ってないので
バラの香りであることが大事なのか、同じ香りならなんでもいいのかは、この論文からは分からない。
ただ、さらに後から出た論文があって
Labile or stable: opposing consequences for memory when reactivated during waking and sleep
Diekelmann S, Büchel C, Born J, Rasch B. 2011 Nat Neurosci.
これでは、イソブチルアルデヒドという、刺激臭のする薬品を匂いとして用いて
同じ結果が得られる*2ことを報告している。
これと合わせて考えれば、バラの香りである必要もなければ、心やすらぐ香りである必要もないことになる。

たかがタイトル されどタイトル

タイトルというのは、なかなか侮れない。
タイトルを見れば、そのタイトルを付けた人がポイントを理解してるかどうか分かる、と言っても過言ではあるまい。
もっとも、直球のタイトルを付けずに、何かに引っ掛けてみたり茶化してみたりする人もいる。俺とか。
それはそれで、センスが問われる。(そして、お寒い結果になることが多いのはこのブログを見れば明白…)

RSSとかtwitterとかで、タイトルだけ目にする、という機会も増えた。
YahooニュースとかMSNニュースとかでもタイトルだけ並んでるし*3
タイトルだけで読むか読まないか決める、ってシチュエーションは多い。
まさにタイトルが看板になってる。

先の二例にかぎらず、ニュースとかでも、そこポイントちゃうよ、みたいなタイトル、しばしば見る気がする。
読んで欲しいから、キャッチーなタイトルにしたいのは分かる。
分かるが…やや誇張くらいならまだしも、ミスリーディングなのはどうだろう。
それに、あんまりなタイトルばっかだと、オオカミ少年よろしく、誰も読んでくれなくなりそう*4

とまぁ、タイトルがなっとらん、けしからーん、と叫んだところで
タイトルはしばしば的外れという現実はそうそう変わらない。
ちゅーことは、タイトル気になったら鵜呑みにせずに中身をちゃんと読め、ってことか。

しかし、そうすると、ウソタイトルで釣ってページビュー稼ぐ輩に利することになって
ますますウソタイトルが増えるという悪循環にハマってしまうんでは…?

うーむ、困った。

余談:two-stage model

今回とりあげた話題の、音や匂いによって睡眠中にreactivationが起こって記憶が向上するって話。
なぜreactivationがポイントになるかというと、two-stage modelという仮説があるから。

Two-stage model of memory trace formation: a role for "noisy" brain states
Buzsáki G. 1989 Neuroscience

このレビューのなかで、Buzsákiは、海馬のネットワークの状態として
行動してる時に見られるシータ波の見られる状態を、granule cellを介して入る感覚入力によって駆動される状態とみなし
ボーッとしてる時や寝てるときに、ときどき見られるバースト発火を、CA3のリカレントネットワークで駆動される状態と考えた。
そして、それぞれが情報の処理と、学習の定着(処理の結果、よわーく残った痕跡をreactivateして強化し定着させる)とを担うという仮説を提唱した。

動物をつかった実験では、色々とサポートするデータが出てるんだけれど
それを、人間を使って何とか示してみよう、というのが、ここで挙げた2つの論文*5
というわけなので、reactivation、というのが1つのキーになっとるわけ。


あと、話は変わるけど、最後に。
Gigazineの例にしても、All Aboutの例にしても
引用元の示し方が曖昧で、一次ソースに辿りつけない。これは良くないと思う。
Gigazineは雑誌名だけ。リンクもその雑誌のトップページ。
All Aboutは、大学の名前だけ。特に論文へのリンクがあるわけでもない。
せめて、XXらがYY日付けのZZ誌に発表した論文によると、くらいの言及がほしい。
欲を言えば、記事の最後にちゃんとしたリファレンスがあると理想的だけど、
まぁ学術論文ではないのでそこまで求めなくていいか、とは思う。
でも、その気になれば元のソースに当たれる、というのは大事だと思うなぁ。

*1:まぁ、この論文で使ってるのはローズであってローズマリーではないけど

*2:さらに覚醒時に嗅がせるとむしろ記憶が不安定化することも見ている。これは、consolidationの前に一度不安定してからより安定な形にconsolidateされるre-consolidationがあることを示してると筆者らは考えているらしい

*3:まぁ、こういったニュースサイトのトップページをわざわざ見に行く人の気が知れないけど。RSSリーダーに全部突っ込んどいたほうがよっぽど早い。

*4:書いてて自分に突き刺さってイタイ…

*5:音の方は手続き記憶っぽいので不思議っちゃ不思議なんですが