安定な状態を変えるには不安定化が必要かもしれない
こないだセミナーで紹介されてた論文が、予想に反して面白かったんで書いてみる。
自分の仕事には、あんまし関係ないんだけれども。
Wnt signaling in amygdala-dependent learning and memory
Maguschak KA, Ressler KJ. JNS 2011
これを独断と偏見と勘違いに基づいてレビューしてみる。
こういうのは初めてなんでイマイチ、カンがつかめないけど。
以下、飲みながら書いてるのでウソかもしれません。あしからず。
何が面白かったか
この論文は、恐怖学習時の扁桃体でのwntの発現量や、その下流のβカテニンの発現量を見てる。
wntパスウェイを阻害/亢進することで、βカテニンの発現量の経時変化がおかしくなること、
そして記憶の安定化が上手く行かなくなる事を示している。
で、新しい学習が安定に維持されるためには、
「シナプス構造が一端、不安定化すること。その後に、安定化すること」
これが必要なんじゃないか、という事を示唆してる。
きわめて、大雑把に言えば
安定な状態にあるものを、別の安定な状態に持って行くには
一回、不安定にしてらないとダメなんじゃない?という話。
適切かどうかは微妙だけど、アナロジーとしては
一回固まったロウソクを別の形に変えるには、
一回溶かして不安定にしてやらないとダメだよね
って感じか?
あるいは、デコボコの多い土地があって、ボールが窪地に落ちてる時、
穴の底ってのはボールにとって安定なので、
ほかの穴にボールが移動するためには
ボールが不安定な場所(出っ張りの上とか)に移動しないと無理なんじゃない
って感じか。
(ちなみに、この場合だと、土地の形が系として取りうるポテンシャルの形、
ボールの位置が系が実際にある状態、
ボールのある高さが実際に系が持ってるポテンシャル、って対応)
鉄の焼入れ、焼きなまし、なんかも似たような発想で説明できる気がする。
あるいは、一端できあがった安定な政治システムなんかも、
新しい安定状態を得るには不安定化する、動乱期みたいなのが必要かも?
なんて妄言も言えるかもしれない。あんまり身のある話ではないけど。
何はともあれ、記憶のconsolidation*1のために
記憶の不安定化が必要なんじゃないか、というアイディアは
まだコンセンサスには遠いけど、ちょろちょろ出始めてるらしい。
(一方で、新しいことを覚えると、古い記憶がおかしくなる、いわゆる干渉ってのは
実験結果からは、そんなに強くないんじゃないか、とも考えられてる。
新しい記憶が、一端、海馬に蓄えられてから、大脳皮質へとジワーッと移っていくのは、
この干渉を防ぐのに有用なのかもね、という仮説もあり。)
具体的に何を見たのか
恐怖学習*2の時に扁桃体*3でのwnt経路*4の分子の経時変化を、網羅的にリアルタイムPCRやらin situやらで調べた*5
結果、ダイナミクスはいつくかのパターンに分けられたのだが、
その中でも一時的に発現が落ちてまた元にもどる、というパターンを示すもので
一番ドミナントだったwnt-1にフォーカスした。
wnt-1のパスウェイを、扁桃体に挿入したカニューレからDkk-1やwnt-1を注入することで阻害/亢進した状態で
恐怖条件付けを行っても、その学習の進み具合は変わらなかった。
ところが、48時間後にテストしたら
コントロールとして、溶媒だけを入れたものはちゃんと覚えてたのに
wnt経路を阻害したものも、亢進したものも、覚えてなかった。
つまり、逆向けに作用するものが、ともに学習を阻害する、ふしぎ!
と、ここでwnt-1の量の変化を思い出すと、一旦減ってまた戻ってくる。
「ってことは、この、一旦減るってのが大事なのかな?」というわけで
conditioningの前からwntをアゲアゲにしてるヤツと
conditioningのあとに分子を入れてwnt経路をバリバリにしたやつを比べると
前からの奴は記憶のconsolidationができなかったけど、
後からのヤツは問題なくできちゃった。
さらに、wntの主なターゲットのβカテニンの変化をみてやると
やっぱりwntの変化に伴って上り下りしていた。
同グループからの先行論文で、
βカテニンが、学習の後にシナプスが増える*6のに関わっている、という事を示してるらしい(ちゃんと読んでない)。
それらまで踏まえて、
wntが下がるとβカテニンの細胞骨格との複合体が不安定になり、シナプスが増える。
その後、wntが元のレベルに戻ってきてまたβカテニンが骨格と安定な複合体を作ると
それによってシナプスが機能的に成熟するんじゃねーか、という
論文の最後のFigureのような解釈をしめしてる。
さいごに
ここまで読んだ人、えらいね。
僕はもうつかれたので寝ます。
*1:なんて訳すの?固定?安定化?
*2:fear conditioning。ここでは、ある特定の音がすると、足に電気ショックが来る、というのを数くりかえすと、音が鳴っただけで「うわ、また来た」とビビって固まるようになる、というもの。結構強烈な学習で、この強烈さがPTSD、いわゆるトラウマ、にも関係すると考えられてる。
*3:amygdala。恐怖学習を始めとする情動に関連した学習に深く関わると考えられてる脳部位。
*4:特に初期発生で有名な経路。wnt分子が細胞表面の受容体にくっついてシグナルを送り、主にβカテニンを介して、細胞核へのシグナリング、カドヘリン系の細胞接着、アクチンとのコンプレックスを作ることでの細胞骨格の安定化などなど、三面六臂の大活躍。この論文では、同グループの先行論文から、細胞骨格の話が大事だと考えてるらしい
*5:ちなみに個人的には、プロテオームとかあんまり興味ないので、この時点ではあんまり面白そうだと思ってなかった。
*6:シナプスを介して神経細胞は情報をやりとりするんだけど、これには重み付けがある。基本的には、この重み付けの変化が、神経回路の変化、つまりは学習ってコト。シナプス一つあたりの重みの変化(シナプス可塑性)、シナプスの数を増やす/減らす、など。