寝起きに勉強して、勉強したら寝ろってこと?
睡眠と学習については、なかなかホットなトピックなんですが、最近読んで、セクシーダイナマイトだった論文を紹介してみる。
Inducing sleep by remote control facilitates memory consolidation in Drosophila
Donlea JM, Thimgan MS, Suzuki Y, Gottschalk L, Shaw PJ. Science. 2011
寝かせたい時に、エイヤッと寝かしつけるという全国の夜泣きにお困りのママさんたち垂涎のテクニック(ちなみに哺乳類では原理的に無理)を開発し
それをハエ(といってもギンバエではなくてショウジョウバエ、いわゆるコバエ)に使って、学習と睡眠の関係を調べてみましたよ、って論文。
"Two-stage model" VS "Synaptic homeostasis model"
なんかイキナリ横文字でわけの分からんのが出てきましたが
この論文のレビューに入る前に、まずは、この二つについて知っとかないと楽しめない。
この二つのモデルっちゅーか、仮説っちゅーかは、
たぶん、今、記憶と睡眠に関するネタに関する話では最もメジャーな仮説のはず。
まぁ、この二つは別に両立不可能なわけでもないんだけれど、矛盾っぽい部分もある。
Two-stage modelってのは、記憶はまず一時的な形で蓄えられて、それが後からオフラインで永続的な記憶に定着されますよ(consolidation)、というモデル。
哺乳類の場合だと、まず海馬って領域に記憶されて、それが睡眠中なんかに「リプレイ」されて
大脳皮質なんかに長期記憶として蓄えられるんじゃないのか、って仮説。
例えるなら、起きてる間が学校の授業で、寝てる間が家での復習で、みっちり復習して覚えますよ、ってモデルか。
Synaptic homeostasis modelってのは、もうちょっと睡眠にフォーカスした仮説で
起きてる間は、入ってくる情報をとにかくドンドン蓄え、寝る頃にはとっ散らかってもう入りません、って状態なのが
寝てる間に、起きてる間に蓄えまくった情報を整理してコンパクトにして、また翌朝から蓄える余地を作るんじゃない、って仮説。
例えるなら、急な雨でとりあえず取り込んだ洗濯物、カゴにいっぱいでもう入らへん、ってのを寝てる間に一枚一枚たたんだら、カゴがスッカスカになったんで、また洗濯物取り込めますわ、ってモデルか。
まぁ、例えの分かりにくさはさておき、この二つのモデルが、睡眠と記憶の関係としてはメジャーなわけです*1
で、内容をおおざっぱに
ショウジョウバエの脳の特定の部位の活動を亢進すると、彼らは寝ちゃいます。
えー、ハエが寝るのー、とか思うかも知れませんが、寝ます。奴らは夜は寝て、昼間は飛び回るようです。
で、GAL4/UASってメジャーな仕掛けを使って、ハエの脳の特定の部位に、人間で言うと温度を感知するのに使ってるタンパク質を発現させます。
すると、普段はふつーのハエなんだけれど、高温(31C)に晒されると、その脳部位が活性化して眠くなっちゃうハエが作れます。
これを使って、タスク*2を学習させ、二日後にまだ覚えてるかをテストします。
ふつーのハエだと、ちゃんと覚えます。
ところが、狭い試験管に何十匹も入れられたハエ(social enrichmentって言われてたけど、ホントにenrichmentなのかなw)だと
そこから出た直後や、1日後でさえ、ちゃんとタスクを覚えられません*3
3日あると、ベースラインに戻るらしく、ちゃんと学習できるようになります。
さて、こっからが面白いところです。
じゃあ、試験管から出してすぐに、まずは高温で4時間オネンネしてもらってからタスクをやらせるとどうなるか?
なんと、1日後で十分覚えられちゃう、ってんですね。
さらに、シナプスの数なんかも見てるんですけど、
"social enrichment"におったハエは、"isolated"な奴に比べてシナプスが多くなってる。
それが、睡眠誘導で減る、ってことを確認してます。
と、ここまでは、synaptic homeostasis modelをサポートする内容です。
さっきは、タスクの前に睡眠を挟んだけれど、逆に、タスクの直後に睡眠を挟んだらどーなるの?ってのも調べてます。
結果から言えば、学習できちゃう。
social enrichmentから1日後だと、ふつーのハエはまだ長期記憶をつくれない。(ので間抜けにも、またオスに求愛してしまう)
ところが、同じタイミングで学習した後、4時間あったかーいトコでお休みになっていただくと
覚えられないはずのタスクをちゃんと長期記憶にできる。(ので、ムダにオスに求愛しない)
つまり、タスク学習の直後に寝かすことで、consolidationが亢進したという、two-stage modelをサポートしそうな内容なわけです。
感想とか
いや、ゆーてもハエでしょ、っつったらその通りなんだけれど
そーゆーのを脇において素直に受け取ると、
寝起きは頭がすっきりしてるから勉強しなさい、お勉強して眠くなったら寝なさい。
眠くても無理して勉強しても、短期記憶にしかならないから長期的には意味ナッシング
せめて昼寝をしなさい。
って事ですかね。
もちろん、そんなに単純でもあるまい、って点もありますよ。
たとえば、ヒトといわなくても、他の哺乳類とハエと、脳の大きさやニューロンの数を比べると
ハエの方が圧倒的に小さいし少ない。だから、きっとハエのほうがやりくり大変でしょ、って言うこともできる。
なんで眠くなるんやろ、寝んですんだら一日フルに使えてえぇのになぁ、とか考えたことある人も多いと思う。
これは全くその通りで、寝首をかく、なんて言うとおり、寝るってのは生存競争ではマイナスに見える。
特にひ弱で狩りの標的になりやすい子供が、むしろ沢山寝るなんてとっても矛盾している。
それでも、ヒトはおろか、ネコもネズミも、ハエさえも寝るってのは、寝ることの重大さを物語ってるのではないか。
この論文によれば、古い話を定着させ、新しい話に備えるという、両方をやってるようだが
どちらを欠いても環境に適応するとか無理なだけに、睡眠の大切さが浮き彫りになってると思う。
あとは、哺乳類でどうなってるのか、気になるねぇ。
*1:ちなみに、two-stage modelでは、寝てる間に大事な結合が強化される、つまりLTPが起こると考えてるのに対し、synaptic homeostasis modelでは、寝てる間に要らん結合が弱まる、つまりLTDが起こる、と考えてる点でぶつかります。が、部位ごとにLTPドミナントなとことLTDドミナントなとこがあるとかでも構わないわけですし、次の学習に備えるべきは一次受付である海馬で、consolidationは海馬からその他への投射の部分で起こる、と考えれば、この2つは両立できるかもしれません。もっとも、海馬でもLTPが起きそうな現象とか報告されてたりしますが、このへんはSTDPとか考えると時間窓が微妙なので、今のところ何とも言えませんね
*2:いつでも寝かせられるように細工したオスを、フェロモンだけメス風に変えた変異体オスとマッチングし、こいつらは求愛してもムダ、って事を覚えさせるという、ちょっとカワイソウなタスク
*3:メスのフェロモンのオスだった、ってことをコロっと忘れて、また性懲りもなく求愛してしまう